今のように世の中の進み方が早いときに「知らなかった」ではさみしいですね。子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う を読んで、新しい今のことを知ればいろいろなことに次の道が見えるかもしれません。
子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う は自分の思っていることを確かめられますし、それより知らなかったことを知ることで対応も考えられるオススメの本です。
これは、きれいごとではない 2007-08-22
私の子にも障害があり、下の子を産むときには40歳すぎていました。障害児をまた産む可能性はわかっていましたが、羊水検査等はしませんでした。
はっきりと、「次の子にも障害があったとしても育てていける」、と思っていました。
この思いは、きれいごとではありません。障害児を育てる苦労もわかったうえでの、本当の私の人生、私の決断です。結果を一生、引き受けるのは私であり、子供本人にもしも「どうしてこんな体に産んだの」といわれたときに、答えねばならないのも私です。この本気の決断を、第三者に、「きれいごと」などといわれたくない。
わが子に障害があると知った最初の頃は、確かに、死にたいと思い、何故わたしだけが、とか、一生にわたって苦しみを背負ってしまった、と思っていました。でも、あるときから、「毎日面白いこともあるし、特に不幸せではない」と思うようになり、その後、わが子の個性をいとおしく思って、この子としか通じ合えない瞬間(とてもコミュニケーションのとりにくいタイプですが)をいくつも重ねていくと、「とりかえてあげるといっても絶対にこの子がいい。選べたとしてもこの子を選ぶ」と、私と家族の思いはかわっていきました。
一人の子どもを10年、15年と育て、振り返っての私の思いです。
もちろん、障害受容には時間がかかります。その過程で『こんな子いやだ』と思う人を責めることはできないし、ごく当然の思いでしょう。それは、「自分はこの人生を選べなかった」と感じるからではないか、とずっと思っています。離婚した友人もいます。我が家もいろいろありました。でも人生には、その先がある、ということもあるのです。離婚しなかった人の方が実際の統計では多いわけですから・・・。
「子どもを選ばないことを選ぶ」ことによって、「自分でこの人生を選んだのだ」、と思えると、子育ても、人生も、ほんの少し違ってくるかもしれません。もちろん、ことはそんなに簡単ではなく、本当につらいこともありますが・・・。でも、今私は、他の人と比較することなく、本当にのんびりと幸せな日常なんです。 こういう私の気持ちを肯定してくれた本だと思います。
さらに詳しい情報はコチラ≫
保険金,保険金
子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う